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人情弁護士の下町探訪

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下町の名所・旧跡を訪ねて 第9回『竪川から天神橋へ』

「御用船は横川から竪川に戻り、運河を東に走って、南十間川を北へと曲がった。すると辺りは急に鄙びてきて、長閑な秋の風景が広がった。亀戸村から柳島村に当たり、町屋も少なくなって武家屋敷も急に減った。旅所橋から次の天神橋を潜る …

下町の名所・旧跡を訪ねて 第7回の2『萬年橋から中川口へ』(お詫び版)

第7回の2『萬年橋から中川口へ』 誠にお恥ずかしい限りですが、下町の名所・旧跡を訪ねて第7回「萬年橋から中川口へ」の項で、広重が萬年橋を描いたものとして掲載していた浮世絵は、実は萬年橋の浮世絵ではありませんでした。この浮 …

下町の名所・旧跡を訪ねて 第8回法恩寺橋から竪川へ

第8回『法恩寺橋から竪川へ』 我が下町の太陽法律事務所の所在地墨田区江東橋二丁目14番7号は、尾張版江戸切絵図(1849~1870年)によると、大名牧野遠江守か夏目近江守の下屋敷のあった辺りと思われます。我が事務所は、J …

下町の名所・旧跡を訪ねて 第7回「萬年橋から中川口へ」

「萬年橋から中川口へ」第7回 小名木川に入った行徳船が真っ先に潜る橋が萬年橋です。 <写真1> かってはこの橋のたもとに船番所がありましたが、中川番所ができて、寛文年間(1661~1673年)に廃止されました。現在は一片 …

下町の名所・旧跡を訪ねて 第6回「行徳船の船着場・日本橋小網町の行徳河岸からケルンの眺めへ」

寛永9年(1632年)本行徳村は幕府の許可をもらって江戸―行徳間の小荷物運搬と旅客輸送を独占するようになり、行徳船の運航が始まりました。水行三里八町(12・6キロ)の航路で、多い日には62隻もの船が出ていたことは既に見て …

下町の名所・旧跡を訪ねて 第5回『妙見島・蒸気河岸・堀江ねこざね』

行徳船は、新川口を出た後は妙見島を川下に見ながら新河岸に向かっていました。しかし、明治時代に入ると、浦安と江東区高橋までを1時間30分位で結ぶ蒸気船「通運丸」が走るようになり、この「通運丸」は新川口から妙見島を南下して境 …

下町の名所・旧跡を訪ねて 第4回『新川口から新河岸(常夜灯公園)へ』

江戸庶民の一泊二日の手頃な旅行の代表が成田詣でした。日本橋小網町を船出した行徳船は、小名木川から中川口を経て新川に出て、新川口を経て行徳の新河岸までを行き来していました。 そこから成田街道を徒歩や駕籠で成田山新勝寺へ向か …

下町の名所・旧跡を訪ねて 第3回『西水門から新川口へ』

中川口から荒川、新中川を東側に横切ったところにある西水門から、旧江戸川との合流点新川口まで約3キロメートルを新川といいます。 江戸川区では2007年に「新川千本桜計画」を発表し、水辺に1000本の桜を植えて桜の新名所とし …

下町の名所・旧跡を訪ねて 第2回『(続)中川船番所を訪ねて』

前回、中川口をご紹介しましたが、是非ともご紹介しておきたい絵図、浮世絵、写真がありますので、これらを中心にご説明させていただきます。 <写真1> 江戸名所図会中の「中川口」を描いた絵図です。前回添付した写真と同方向から描 …

下町の名所・旧跡を訪ねて 第1回「中川船番所を訪ねて」

都営新宿線東大島駅から番所橋通りを南へ500メートル程行くと、小名木川(1枚目の写真)に架かる番所橋があります。 以前から「変わった名前だな」と思っていましたが、それ以上のことは考えないまま今に至っていました。 江戸末期 …

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